Mclaren Elva










1960年代を代表するレーサーと言えば、先ず第一にジム・クラークの名前が挙がるだろう。1936年にスコットランドの農家に生まれた彼は、広い農場で9歳の頃から車の運転を始めたという。1960年から68年4月のホッケンハイムでのF-2レースで、非業の死を迎えるまで、彼はほとんどチーム・ロータスの為に走り、F-1 GP で25勝、2度のワールド・チャンピオンを獲得し、65年のインディ500マイル・レースでも優勝した。今もなお、史上最も速いレーサーは誰か? という議論の主役の一人である。

ところでぼくは、60年代を代表するレーサーとして、もう一人名前を挙げたい。その人の名は、ブルース・マクラーレン。ジム・クラークより一つ年下で、37年8月30日に、ニュージーランドで誕生した。父親はガソリン・スタンドと修理工場を経営し、アマチュア・レーサーでもあるという恵まれた環境で育ったが、9歳の時に、大腿骨が破損するパース病という難病にかかり、3年もの間、闘病生活を余儀なくされた。しかし、彼は克己心の強い人だった。一生歩けなくなる可能性もあったが、絶望するよりも明るい夢に架けて病院中を車椅子で走り廻り、上半身を鍛えていた。幸いにもやがて病は完治したが、後遺症は残った。パドックで歩く彼は、いつもビッコを引いていたようだ…。

52年に運転免許証が取得出来る年齢に到るとすぐに、父親の車で、モーター・スポーツを始め、優勝を重ねるようになる。

58年にニュージーランドで最も有望なレーサーをイギリスに留学させる制度が発足すると、最初にブルースが選ばれた。

同じ南半球の先輩、オーストラリアのジャック・ブラバムの導きで、当時は最高の F-1チームであったクーパーが迎えてくれた。ジムとブルースとの大きな違いは、ブルースが優秀な技術者でもあったことだろう。ブルースは、クーパーでメカニックとして働きながら、F-2を走らせて、ブランズハッチやニュルブルクリングで優勝して、注目を集めた。

59年にはクーパー・チームからジャック・ブラバムのチーム・メイトとしてF-1 にデビュー。この年、ジャック・ブラバムはワールド・チャンピオンになったが、ブルースも最終戦のアメリカ・グランプリで初優勝を遂げた。その時ブルースは22歳。F-1史上、最年少のグランプリ・ウイナーだった。

クーパーは60年も絶好調で、ジャック・ブラバムが5勝をあげて、ワールド・チャンピオンになり、ブルースも緒戦のアルゼンチン・グランプリで優勝した後も着実に上位に入って、世界選手権出場2年目にして2位となった。しかし61年になるとクーパーはライバルたちに遅れをとり、以来長く低迷が続いた。ジャックは離脱して、自らがコンストラクターとなって、チームを旗揚げした。彼は66年に3度目のワールド・チャンピオンとなったが、自らが作り、自らの名を冠した車でチャンピオンになった、ただ一人のレーサーである。
ブラバムがマクラーレンのお手本だったのかもしれない。クーパーに多くを望めない事を悟ったブルースもまた、63/64年の北半球では冬だけど、南半球では夏の盛りのハイ・シーズンに、ニュージーランドとオーストラリアのサーキットを転戦するタスマン・シリーズに出場する為のクーパーを自らの主導で作り上げ、クーパーとしてではなく自らのチーム、ブルース・マクラーレン・モータースポーツを組織して出場し、そしてシリーズ・チャンピオンとなった。

この64年にブルース・マクラーレン・モータースポーツは、ルマンへの挑戦を開始したフォードと契約をして、開発およびテスト・プログラムを担う事になる。(後の66年に、フォードはルマン初優勝を遂げたが、優勝車のドライバーの一人はブルース・マクラーレンそのひとであった。)

その一方、アメリカのレースに新たな可能性を見出していたブルースたちは、アメリカで興隆しつつあった大排気量のレーシング・スポーツカーのカテゴリーへの進出を企てる事になった。

F-1に於いては、65年まではクーパーのエース・ドライバーとしての役割を果たしていたが、夢を実現する為に、もはやクーパーの軒先を借りるのではなく、63年には自らの工場を用意したブルースは、64年の9月には、初めて自らの名前を冠したレーシングカーを作り上げ、グッドウッドでテスト走行を開始した。最初はクーパーの近くの建設機械置き場の土間の一角から始まったマクラーレンの工場は、この頃には、ミドルサセックス州フェルタムに作られた新工場となっていた。ブルースのもとには、様々な若者たちが集まってきた。みんな未来への明るい夢を持っていた。のちにマクラーレン M1A(アメリカではマーク1) と呼ばれることになるレーシングカーには、カリフォルニアのトラコ・エンジニアリングでチューンナップされたオールズモービルのエンジンを載せていた。
(つづく)



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